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沿革
1888年から館山で![]()
はじまり
「赤門ヘルスケアグループ」は、明治21年(1888年)産婦人科「赤門鈴木医院」として産声をあげました。爾来120余年、その時々のニーズにお応えすることを使命とし、皆様とともに成長してまいりました。これからもこの使命にお応えすべく絶えず邁進してまいります。
赤門ヘルスケアグループの沿革
| 明治21年 | 初代 鈴木勝太郎が現在地に産婦人科「赤門鈴木医院」開設。 |
| 明治39年 | 「赤門鈴木病院」へ改組。 |
| 昭和10年 | 2代 鈴木紀が満州国に産婦人科医院を開設。 2代 鈴木紀が満州で開業中は、後の慈恵医科大学学長となる樋口一成が樋口病院分院として使用。戦中は海軍の将校クラブ、迎賓館として使用された。戦後は一時GHQも使用。 |
| 昭和21年 | 2代 鈴木紀が帰国。「赤門鈴木病院」を再開院する。 |
| 昭和28年 | 3代 鈴木勝が着任。 |
| 昭和46年 | 2代 鈴木紀の死去に伴い鈴木勝が3代院長就任。 |
| 昭和63年 | 新築し「赤門整形外科内科」開設、鈴木勝が院長就任。 |
| 平成7年 | 法人へ改組し、「医療法人社団慶勝会」設立、鈴木勝が初代理事長就任。 館山市内では初めてとなる「なのはな訪問看護ステーション」開設。在宅看護を手がける。同時に訪問診察を開始し、在宅医療を手がける。 |
| 平成9年 | 4代 宮川準 赤門整形外科内科 院長就任。 介護老人保健施設「赤門なのはな館」開設。在宅復帰施設としての介護サービス、リハビリテーションを提供。 田中耕一 赤門なのはな館 施設長就任。 |
| 平成10年 | 「館山市なのはな在宅介護支援センター」開設。介護相談や高齢者等の実態調査を館山市の委託を受け開始する。平成12年には介護保険開始と同時に「居宅介護支援事業」を開始。 |
| 平成11年 | 「訪問介護員(ホームヘルパー)養成講座2級課程」を開始。介護員の養成を今後の重要課題とした。 スウェーデン国カルマ県ヴェステルヴィーク市と交流を持ち、現地施設での認知症高齢者介護研修を始める。 |
| 平成12年 | 田中耕一 慶勝会副理事長就任。「ホームヘルプサービスなのはな」を開設。在宅における訪問診察、訪問看護との連携により在宅サービスの充実を図る。 |
| 平成13年 | 有限会社赤門ケアサービス設立。 下田武夫 赤門ケアサービス 代表取締役就任。「赤門グループホーム堂の下ガーデン」開設。安房地域で初めての認知症介護の専門施設。「赤門グループホーム神明町ガーデン」開設。 |
| 平成14年 | 「赤門デイサービスセンター神明町」開設。利用希望者の増大により通所介護サービスの充実を図る。 |
| 平成15年 | 宮川準 医療法人社団慶勝会 理事長就任。 |
| 平成16年 | 「赤門デイホーム柏崎」開設。 |
| 平成18年 | 「館山市地域包括支援センターなのはな」開設。 松本侃二 介護老人保健施設 赤門なのはな館 施設長就任。 田中耕一 赤門ケアサービス 代表取締役就任。 有限会社 赤門ケアサービスから株式会社 赤門ケアサービスへ変更 「赤門グループホーム広瀬ガーデン」 「赤門デイホーム広瀬」開設。 |
| 平成19年 | 田中耕一 医療法人社団慶勝会理事長就任 院内保育所開設 |
| 平成20年 | 「赤門デイホーム西の浜」開設 「赤門グループホーム広瀬ガーデン」2ユニットオープン |
| 平成21年 | 「赤門なのはな館 訪問リハビリテーション」開設 「赤門グループホーム堂の下ガーデン」2ユニットオープン |


